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四国88箇所巡りのすべて
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同行二人、あなたも空海とともに人生を見つめなおしてください。 |
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★ 弘法大師(空海)の生涯と遍路の始まり 弘法大師(空海)は,奈良時代の宝亀5年(774)、讃岐国多度津郡屏風浦(現在の75番札所善通寺)に生まれたと言われている。 15歳で叔父の阿刀大足に連れられて上京し、大学で神童ぶりを発揮するが、あるとき一人の出家者に出合い、求聞持法を授けられる。 これを機に、阿波の太龍嶽や室戸岬,石鎚山などで厳しい山岳修行を重ねた。 延暦23年(804)には唐へ留学し,密教の第一人者であった青龍寺の恵果阿闍梨から密教の奥義を伝授rされる。 唐から帰国した大師は、その翌年に真言宗開創の勅許を得、承和2年(835)に高野山金剛峯寺で入定するまで密教の普及に努めた。 四国八十八箇所は,大師が42歳の厄年の年に,自信と人々の厄難を除くために開いたと伝わる。 その,起源は、伊予の庄屋・衛門三郎にはじまるとも、大師入定後,高第・真済が大師の足跡をたどったことに由来するともいわれているが、すでに平安末期には真言宗の僧侶の間で四国遍路は行われていたという。 室町時代以降,遍路は庶民の間にも少しずつ広がり始めるが,最も盛んになったのは江戸時代に入ってからのことである。 また、「88」という数については、人間に88あるという煩悩に由来する説、人間の厄年の合計説などさまざまあるが、今のところ定かではない。(四国観光検定公式テキストブックより引用) |
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| ★巡礼の仕方(順路) 巡礼は円環構造で,総距離およそ1400km。 最近はバスや乗用車をりようする巡礼者が大半だが、昔のように徒歩で回れば50〜60日かかる道のりである。 宗派を問わず誰もが自由に参加でき、札所の巡り方にも規定はない。 1番から順に回る順打ち、88番からはじめる逆打ちのほか、区切り打ちや一国打ちなど、自分の都合にあわせて回ればよい。 ★境地に至る4段階に分けられている。 第1段階は阿波国(徳島県)の「発心の道場」。 発心とは、悟りを求めて仏道を行おうとする心を持つことで、この道場で巡礼者は、初心に戻って仏に帰依する心を養うことになる。 第2段階は土佐国(高知県)の「修行の道場」。 札所の数が少なく、札所間の距離も長いため肉体的にも厳しいが、仏道を身につけて善行をつむといった精神的修行が重要とされる。 第3段階は伊予国(愛媛県)の「菩提の道場」。 菩提とは道、目覚め、知などを意味し、これまでの道のりから、教え・求道の意味やその深さをこの道場で知る。 第4段階は讃岐国(香川県)の「涅槃の道場」。 巡礼者は、すべての煩悩を打ち破り、解脱の境地に導かれ、四国巡礼は結願となる。 高野山(和歌山県)奥の院をお参り大願成就するとされている。 (四国観光検定公式テキストブックより引用) |
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