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道後温泉本館の由緒略 明治維新から続く激動の時代、早くも「観光の時代が来る」と将来を見抜いた男がいた。 |
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| 道後温泉は、約3000年前に開湯した日本最古の温泉といわれ、「万葉集」や「源氏j物語」にも登場する名湯として知られている。 無料で利用できる足湯や手湯が点在し、ホテル・旅館・土産店が並ぶ温泉街があり、そのシンボルとなっているのが道後温泉本館。 この道後温泉本館は道後の湯を楽しむことのできる大衆浴場であり、国の重要文化財でもある。 夏目漱石や正岡子規、種田山頭火など多くの文人にも愛され、漱石は小説「坊ちゃん」のなかで、ほかのところは何を見ても東京の足元にも及ばないが、温泉だけは立派なものだ」と絶賛した。 本館には神の湯、霊の湯という2つの浴場と、2つの休憩室、個室があり、それらの組み合わせにより4つの入浴コースが設定されている。 また、漱石が愛用した個室「坊ちゃんの間」、日本で唯一の皇室専用浴室、「又新殿」などもある。 【坊ちゃんの間】 夏目漱石が、松山中学の英語教師としてこの地をふんだのは、明示28年(1895)4月、当時の道後温泉本館は、木の香も新しい建物で、漱石も足繁く通い、湯上がりにはこの3階の個室で茶を飲み、菓子を食べてくつろいだ。 【又新殿】 明治32年に建てられた皇室専用の湯殿で昭和天皇も昭和25年に来湯した。 建築様式は桃山時代風の優雅なもので、畳は備後表の高麓縁、天井は高麓張りの桐の3枚重ね、ふすまは金箔に極彩色の枝菊が描かれている。 浴槽は、最上の御影石とされる香川県の庵治石を使用。 【振鷺閣】 道後温泉本館の神の湯の最上層にあたる部分。 赤いぎやまん細工のガラスが張りめぐらされている。 中には太鼓が吊り下げられていて、1日3回(朝6時、正午、午後6時)打ち鳴らされる。 この太鼓は本館ができた明治27年当初から続いていて、環境庁(当時)の残したい「日本の音風景百選」にも選ばれている。 (本文:四国観光検定公式テキストブックから引用しました。) |
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道後温泉 入浴料金
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![]() 右の銅板葺きの玄関が表玄関 |
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又新殿内は撮影禁止のためご覧いただけません どうしても見たい方は、mailください。 |
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![]() 漱石の松山時代(クリック) 漱石の奥さまの写真(クリック) マドンナの写真(クリック) 坊ちゃんのモデル写真(クリック) 漱石の写真(クリック) |
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![]() 3Fの廊下(非常に狭い) |
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![]() 2Fから3Fへの階段(急な階段) |
![]() 3Fの部屋(ここで着替えて入浴する) |
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![]() 2F |
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