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| 円 明 寺 |
四国八十八ケ所の53番札所である。
須賀山正智院と号し、本尊は阿弥陀如来である。
寺伝によると、天平年間(729〜749)、僧行基の創建で、聖武天皇の祈願所であったという。
この寺は、はじめ、ここから西方の和気西山の海岸にあり、海岸山円明寺といわれた。
五重塔もあり、立派な本堂など豪壮な七堂伽藍を備えた寺院であったという。
幾たびかの戦禍により一山のほとんどを焼失し、寛永10(1633)年に須賀重久が現在の地に再建したので須賀山円明寺といわれるようになった。
また、寛永13(1636)年には仁和寺の直末寺に加えられ、聖智院と号するようになったと伝えられている。
観音堂に安置されている11面観音像は、慶長5(1600)年に河野家再興をはかった遺臣たちが、戦死者の菩提を弔うために奉納したといわれている。 |
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円明寺八脚門 一棟
愛媛県指定有形文化財(建造物)
昭和31年11月3日指定 |
四国八十八ケ所第53番札所。
寺伝によれば、天平年間(730年ころ)行基によって勝岡の地に創建され、その後兵火にかかって荒廃していたのを、寛永年間(1624〜1643)に須賀専斎重久によって現在の地に移され、再興されたという。
八脚門は、3間1戸、一重、入母屋造、一軒疎垂木、本瓦葺。
表正面の柱間は4.9m、側面3.0mで創建。当時のものとは若干の変容が推定される。
柱は、円柱でで柱頭にのみ粽(ちまき)をつけ、柱貫・台輪をとおしてその上に組物で軒を支え、柱間の中備には間斗束を置く。
木鼻の彫刻模様や組物の造りに室町時代の様式を残している。 |
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